大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和52年(行ウ)4号 判決 1979年8月29日

原告 加藤直

被告 北海道労働者災害補償保険審査官 ほか一名

代理人 梅津和宏 本間敏明 ほか二名

主文

一  原告の被告北海道労働者災害補償保険審査官北山輝男に対する訴を却下する。

二  原告の被告国に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事  実<省略>

理由

一  被告審査官に対する請求について

1  被告審査官による閲覧請求拒否行為

原告がその主張のとおり、療養補償給付の請求をし、これに対し、小樽労働基準監督署長が昭和五一年七月一五日付不支給決定処分を行つたので、原告が被告審査官に審査請求の申立を行つたこと、右審査請求が受理された後、原告が被告審査官に対し、原告主張のとおり本件審査関係書類の閲覧請求をしたところ、被告審査官はいずれもこれを拒否したことは当事者間に争いがない。

2  訴えの利益

原告は、被告審査官の右閲覧拒否行為が行政事件訴訟法にいう「処分」であると主張して、その取消しを求める。

しかしながら、被告審査官が小樽労働基準監督署長の行つた前記療養補償給付不支給決定処分につき昭和五二年二月二八日付でこれを取消したこと、同署長が再調査を行つた結果、同年四月七日右療養補償給付の支給決定をし、これにより原告は療養補償給付の受給資格を保持することになり、もはや、審査請求を原告に有利に維持するための関係書類の閲覧の必要性は失われたことは当事者間に争いがない。弁論の全趣旨によれば、原告の前記閲覧請求は、もつぱら審査請求手続において自己に有利な結論を導くべく立証活動を行うことを目的とするものと認められるから、被告審査官の閲覧拒否行為が「処分」にあたるとしても、原告にはもはやこれを取消す法律上の利益は失われたといわざるを得ない。したがつて、原告の右請求は訴えの利益を欠くものであるから却下を免れ得ない。

なお、右のように解したとしても、原告が被告審査官の閲覧拒否の違法を理由として損害賠償を求めるにつき、当該閲覧拒否が取消訴訟によつて取消されることを必要とするものではないから、その点からの不都合はない。

二  被告国に対する損害賠償請求について

1  被告審査官が前記のとおり原告に対する関係書類等の閲覧拒否を行つたこと、本省補償課長が、昭和四五年八月及びその後開催された審査官全国会議の際、全国の労働者災害補償保険審査官に対して、「審査記録に対する請求人の閲覧請求は、これを拒否して差支えない」旨の回答ないしは指示をしたことは当事者間に争いがない。

2  原告は、行審法三三条によりないしはこれを類推適用すれば、原告には右関係書類等の閲覧請求権があり、被告審査官は原告の関係書類等の閲覧を拒むことができないにもかかわらずこれを拒否し、本省補償課長は閲覧を拒否して差支えない旨の指示をしたのであるから、いずれも違法に公権力を行使したものである旨主張する。

しかしながら、先づ労災保険法三五条一項に定める労働者災害補償保険審査官に対する審査請求手続において請求人に、その処分庁から提出された書類その他の物件の閲覧請求権があるか否かの点につき考えるに、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為に関する不服申立については、他の法律に特別の定めがある場合を除く外、行審法の定めるところによるから、労災保険法に基づく各種給付の不支給決定処分に対する審査請求における審査手続についても一般に、行審法が適用されるところであるが、労災保険法三六条は行審法第二章第一節、第二節(一八条及び一九条を除く)及び第五節の規定の適用をことさら排除する旨規定し、それに代えて労審法はその第二章に手続的規定を設けているものであるから、右手続には行審法三三条の適用は排除され、かつ、右労審法第二章中には審査関係書類等に対する審査請求人の閲覧請求権を認める規定は存しないことにかんがみると、右手続においては審査請求人には審査関係書類等に対する閲覧請求権を有するものと解することはできない。原告は、右のように解すると憲法三一条に反するかの如き主張をするが、憲法三一条が行政手続における告知聴問の機会付与の原則或いはその根底にある適正手続の原則を定めたものであるか否かはさておき、仮にこれを肯定的に解するとしても、右の各原則は、必ずしもすべての行政手続、行政不服審査手続において、請求人と相手方行政庁とがそれぞれ自ら主張立証活動を行うことを根幹とするいわゆる当事者主義的手続構造がとられることを要求するものではなく、また、当事者にいかなる手続的権利が存するかは、一律に解することはできず、請求人の求める実体的権利の種類、行政手続の目的、性格効果等の観点から当事者の主張に十分な考慮が払われ、公正な判断がなされる手続的保障があり、かつ、合理的理由がある以上、必ずしも当事者に行政庁又は利害の対立する第三者の意見と証拠を知り、これに反論を加え、証拠を提出する機会を与えたうえでなければ行政手続を行い得ないものではないというべきところ、労災保険法の審査請求手続においては、審査請求人は保険給付を求めているものであること、右手続は行政処分である各種給付の不支給決定処分の適否を事後的に審査する行政不服審査手続の一つではあるが、なお、大量の事件を迅速に処理する要請があり、また労災保険給付請求に関する審査手続においては争点は比較的定型化しており、その把握は困難ではないことに加え、審査官は原処分庁から独立した第三者機関であり公正さが期待できること、審査請求人はその申立により意見を述べる機会が与えられていること(労審法一三条の二)請求人は審査官の決定に不服があるときは更に処分行政庁から独立的地位と職権を有する機関たる労働保険審査会に対して再審査請求を求めることが認められていることを併せ考えると、当該手続において審査請求人に審査関係書類の閲覧請求権を与えないからといつて必ずしも前記告知聴問の機会の付与の原則或いは適正手続の原則に反するということはできないし、また当該手続に行審法三三条を類推適用すべきものと解する必要はない。

3  前叙の如く審査関係書類の閲覧請求については法は何ら定めるところがないのであるから、被告審査官はもともとこれに応ずべき権限も義務も有しないものといわなければならない。

しかし、右閲覧をさせることが、右審査請求手続においてその手続主宰権限の内容として事実上行われることがあり、それが被告審査官の裁量に委ねられているとすれば、被告審査官が不公正な目的ないしは動機をもつて審査請求人の閲覧を拒否し、或いは平等原則に違反し、公平妥当を欠く取扱いを行つた場合にはなお被告審査官の行為の違法性を認めうる余地があると解されるところ、被告審査官本人尋問の結果並びに原本の存在及び成立に争いのない甲第五号証によれば、被告審査官は本件閲覧拒否につき原告に対しその理由を明示しなかつたこと、被告審査官の当時の年間取扱件数は約二五件であり、本件閲覧を許可しても審査上特段明白な具体的支障はなかつたこと、本件審査書類中には偽造にかかる原告名義の作業日報等が存したことが認められるが、他方同証拠によれば、被告審査官は、自らの担当するすべての審査請求事件について、右審査請求手続が職権調査的構造をもつこと、事件の大量性ゆえ簡易迅速な処理を要求されること、参与による意見申述の機会があるため公正さに欠けることはないことの各点を考慮して、審査請求人の審査関係書類に対する閲覧を拒否しており、本件においても単に画一的な扱いをするため原告の閲覧請求を拒否したにすぎないこと、被告審査官は審査請求人の職業性疾病の主張にも十分考慮を払つて職権調査を行い、原処分庁が収集した証拠についても原処分庁とは独立した評価を加えていることが認められ右の事実にてらすと、前示認定事実を以ては未だ被告審査官が不公正な目的ないし動機をもつて原告の閲覧を拒否し、或いはこれにつき不平等、公平妥当を欠く取扱いをしたものと断定することは難しいといわざるをえない。

その他、被告審査官の閲覧拒否行為につき不公正な意図及び不公平な取扱を認めるに足る証拠はない。

4  次に、国の公権力の行使に当る公務員がその職務を行うについて他の公務員に対し特定の行政処分を指示した場合において国が国家賠償法に基づき損害賠償義務を負うためには、右指示内容が違法なものであり、かつ、現に右指示に副う公権力の行使に及んだことを要するものと解するのが相当である。

ところで、本件本省補償課長のなした前示指示は、労災保険法三五条一項にいう労働者災害補償保険審査官に対する審査手続において請求人は処分庁から提出された書類その他の物件の閲覧を請求する権利を有するものといえないことは前示のとおりであるから、これと同旨の右指示はこの点において違法ということはできない。

しからば本省補償課長の本件指示が違法な公権力の行使であることを前提とする原告の被告国に対する本訴請求は理由がないものといわなければならない。

四  以上の次第であるから、原告の被告審査官に対する各訴えはいずれも不適法であるからこれを却下し、被告国に対する請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 磯部喬 笹村將文 寺田逸郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例